恋愛コラム②彼女の誕生日、僕は彼女を泣かせてしまったんだ…




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6月4日は同棲中の彼女の誕生日だった。
僕はその日、彼女を泣かせてしまった。

 

途中までは問題なかった。
彼女より早く起きてソファで本を読みながら、今日の予定をぼんやりと思い浮かべた。
昨夜、彼女に「明日は誕生日プレゼントを買いに行こう」と誘うと、彼女は
「じゃあ、ロフトでノート見たい」と言った。
確かにお金はないが、中学生じゃあるまいし(小学生か??)ノートだけ買って「はい」と渡すわけにもいかない。
でもロフトに行くのは中々良いアイデアだ。ロフトは彼女の好きな店だし、上から下まで
見て回れば色々と欲しいものも見つかるだろう。
ロフトで目ぼしいものがなければ、センター街か一駅となりのショッピングモールあたりまでぶらぶらしてみてもいい。

 


いつもは誕生日ケーキをそごうなんかで買って家で食べるが、珍しく誕生日に外出するのだから、
カフェかなんかでケーキを食べるのも悪くないと思った。
まぁ彼女がケーキよりご飯をがっつり食べたいと言うのなら、それはそれでかまわない。
彼女が起きてきて、僕は「誕生日おめでとう」と告げた。
その後、梅雨の晴れ間のきれいな青空のした2人で出かけた。

 

 

目当てのノートは見つからなかったが、彼女はロフトでフクロウのイラストが入ったクリアファイル、guでTシャツ、
ドラッグストアで足をキュキュッと締め付ける足つぼ付きのタイツを買った。
出かける前に食べたカレーが悪かったのか、2人とも胃もたれ気味で、結局出先では何も食べなかった。
その代わりセブンイレブンで帰ってから飲むコーヒー用にドーナツとアメリカンドックを買った。
彼女は「コーヒーとアメリカンドッグ合うかな?」と気にしていた。
僕は「どうだろう?想像できない」と答えたが、彼女は何といわれてもアメリカンドックを食べるつもりだったみたいで
「やっぱりアメリカンドックにする。ごめんね」と早口に言った。

 

 

うちに帰ると早速コーヒーを淹れ、僕はドーナツを彼女はアメリカンドックを食べた。
彼女は「ほら、やっぱりアメリカンドッグとコーヒー合うよ」と自分の判断に満足そうに言った。
僕はたっぷりとケチャップとマスタードのかかったアメリカンドックを見つめて、
「ケチャップとマスタードはコーヒーに合うよ、の間違いじゃないの?」と言おうとしてやめた。

 

コーヒーを飲み終えると、夕食までの時間が手持ち無沙汰になった。
夕食は昨夜のカレー(今朝も食べたが)の予定だった。
僕はそれまでの時間、仕事をしようかと思ったが、彼女の誕生日にそんなことをして良いものかちょっと迷った。
僕が「仕事でもしよっかな」とつぶやいて探りを入れると「うん、そうしたら?」と彼女があっさり答えた。
彼女は僕が家で仕事をすることに割りと協力的なのだ。
僕は時々自宅でギターを掻き鳴らし歌うという色んな意味でうるさい男なので、歌うより静かな分、ましだと思っているのかも知れない。

 

 

一時間ばかり資料を作ったりするうちに、夕食どきになった。
そうここまでは彼女は泣いていない。
彼女が泣いたのは夕食のときだった。
順を追って説明しよう。

 

カレーを温めなおして、セブンイレブンで買っておいたレトルトのハンバーグとその上に目玉焼きを乗せて夕食は始まった。
食べ始めてすぐ彼女が言った。
「なおちゃん、明日飲み会だよね」
確かに次の日は会社の飲み会だった。
「うん」
「飲み会が明日で良かったよ。今日だったらぶっ飛ばしてるからね」
僕は笑ったがちょっと意外でもあった。彼女は女性としては記念日にこだわらないタイプだと思っていたからだ。
僕は夕食時の話題として、題して《男女における記念日の重要度の違い》なるテーマを提供しようと思った。
語りつくされた穏当なテーマで、話しの出口もある程度予測できる。
これが彼女の泣かせてしまうことになってしまうなんて思っても見なかった。

 

 

「でもあれだね、女性にとっては記念日って大事なものなんだね」
「男は大事じゃないの?」
「女性ほどは大事じゃないだろうね」
「でも誕生日にお祝いしてもらえなかったら悲しいでしょ」
「そうでもない。人に言われるまで自分の誕生日忘れてることもある。
だから記念日をないがしろにしたって女性から責められると驚いちゃうんだよ」

 

僕の想像では次は彼女のこんなセリフが続くはずだった。

 

「ふーん。どうしてそういう違いが生まれるんだろうね」
その後は男と女の解明しがたい違いをただ不思議がってもいいし、何が違いを生むか突き詰めて議論してみるのもいい。
でも実際の彼女の反応は薄かった。
「誕生日、お祝いしてもらえなかったことあるの?」
僕は勝手が違うと思い、少し表現を盛って彼女の反応を引き出そうと考えた。
「大体祝ってもらってたかな。でも祝ってもらわなくてもそんなに気にならない。だから記念日をないがしろにしたって女性に怒られると
何か魂胆があって怒ったフリでもしてるのかなって思う」

最後の部分が引き金でした。

 

 

彼女は何も言わずカレーを食べていたが、僕は何秒後かに彼女が泣くことが分かった。
それは何度も見た光景だったから。
彼女の頬をいつものように音もなく涙が流れる。そしていつもように僕の胸は締め付けられた。
彼女は涙と咀嚼で苦しそうに言った。
「そ、んな、ふ、、うに思って、た、の?」
「何が?」
「こん、、たん、が、ある、って」
僕は問題となった点を認識すると、なるべく冷静に、なるべく迅速に誤解を解くことに努める。
話は一般論であること、本質的には男女の記念日に対する認識は違うが、今では経験によって女性の記念日に対する認識を理解しており、
今では決して魂胆があるなどと思っていないこと、男女間の記念日に対する認識の違いを面白可笑しく語ってみたかっただけである等々。
でも彼女は泣き止まない。
一般論であり、昔のことであってもそんな風な考え方を持つ人に誕生日を祝って欲しくないと言う。そして
「もう、、、いっしょう、たんじょう、、び 祝わなく、て、いい、から」
何がこんなに問題をこじらせてしまったか僕はやや途方にくれた。そして僕はもうひとつ要らない事を言った。

 

 

「まぁちゃん(彼女の名前だ)さ、前に“付き合い始めた記念日”を忘れてしまいそうって言ってたから。記念日に対して無頓着な人なのかと思ってた」
「それ、わぁ、なおちゃん(僕のことだ)、、に、とってぇ、記念日、が重荷にぃ、、なら、ないようにぃ、忘れてもぉ、、
いい、よ、って気持、ちでぇ、言った、んだよ」
と少しボルテージを上げて泣き出した。
僕は「そっか」とつぶやいて「でもそう言われて、俺はちょっと悲しかった」と言った。
話しながら自分がそんなことを根に持っていたんだなと気づいた。

 

食事は気まずく終わって、次の日仕事の僕は早々に寝室で横になった。
くどくどと弁解を繰り返したことで彼女の機嫌はやや和らいだし、こんなケンカ(?)は年に何十回もあることだ。
だけど、だからって大したことないなんて楽観する気持ちにはなれなかった。
僕も三十年以上生きてきて、人の関係は時にほんの些細なことで崩れることを知っている。
それでも、明日崩れるかも知れなくても今日を積み上げていくしかないんだろう。

 

 

積み上げた先にしか見えない景色がある。
その景色がハッピーエンドかバッドエンドかは分からない。言い切ってしまうには人生は意外なことに満ちている。
ただその景色が積み上げた先にしか見ることのできないものであることは確かだ。

時々、彼女は僕の頬に抜け落ちた睫毛を見つけてこう言う。
「お願い事して」
僕は目を閉じ、いつも同じ事を祈ってしまう。
彼女が幸せになりますようにと。

 

彼女が聞いたらこう言うかも知れない。
「神頼みじゃなくて、お前が幸せにしろよ!」
僕はちょっとうんざりしながら、それでも確かに今日も彼女の隣りにいる。




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